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広島高等裁判所 昭和44年(う)169号 判決

本店所在地

広島県安芸郡矢野町二五番地の二

津丸人毛株式会社

右代表者代表取締役

津丸鉄儀

右の者に対する法人税法違反被告事件について、昭和四四年五月一三日広島地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から適法な控訴の申立があつたので、当裁判所は検察官菊池慎吾出席のうえ審理をして、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

弁護人早川義彦の控訴の趣意は記録編綴の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

所論は、原判決の量刑不当を主張するものである。

記録を調査して情状を検討するに、本件は、業務主である被告会社が、その代表者津丸鉄儀の行為を通じて行政法上自己に課せられた義務に違反し、被告会社の二事業年度にわたり、売上の脱漏若くは架空仕入の方法をもつて、合計一八四〇万余円を逋脱した事案であつて、その義務違反の態様には悪質なものがあり、税収入の確保という行政目的に背馳する被告会社の刑責は軽視し難いものがあるうえ、昨今の社会経済の実態を反映して企業組織を通じこの種違反行為の行なわれる事例の多い実情に照らしても、かかる違反に対する刑罰の一般予防的要素を重視せざるを得ず、その他記録によつて認められる被告会社の企業組織の実情等諸般の情状に照らすと、所論指摘の事情を参酌しても、原審の量刑は当番において破棄是正しなければならないほど不当に重いものとは認められない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高橋英明 裁判官 浅野芳朗 裁判官 丸山明)

控訴趣意書

被告人 津丸人毛株式会社

右代表取締役 津丸鉄儀

右の者に対する法人税法違反被告事件につき弁護人は次の通り控訴の理由を上申する。

原審は被告会社に対する公訴事実を認定し罰金二五〇万円に処する判決を宣告したのである。

控するに原判決は刑の量定に於て苛酷にすぎる違反がある。以下その理由を詳述する。

第一、被告人は会社である。会社は経済的利益を追求する目的の為に、一定多数人が一定の財産(資本金)を投じて結合した団体であつて、その営業は、合法であり旦つ社会の発展に貢献すべきである己ならず利益の追求に応じて法定の納税を為すべき義務のあること論を俟たない。

而して本件の如き法人税法違反に対する制裁の制度を考察するに被告会社が秘匿した利益については先ず所定の税率によつて課税されるのであることは理の当然であるが、更に多額の重加算税が賦課されるのである本件の場合に於ても別表の通り多額の重加算税が賦課されているのである。

この重加算税は税法違反と言う犯罪行為に対する制裁として課せられるものであつてその本質は、所得に対する課税ではない。

経済的利益、或は財産的負担を課する点から考察すれば刑罰たる財産刑、罰金と本質的に何等異なるものではない。

被告会社とすれば二重に同種の制裁を受ける結果となり斯る制裁は苛酷にすぎるものと論ぜざるを得ない。従つて此の種の犯罪に対して会社に罰金刑を宣告する場合は制度上の苛酷さを斟酌してその額を量定すべきである。会社は一定の財産を基盤とした多数人の結合体であつて財産的基盤は、自然人の生命に比すべきものであり、その基盤を失はしめることは会社を倒産せしめることであり、これは自然人の生命を絶つ刑罰に相当する最も重い刑罰となるのである。原審の刑は重加算税の下に危殆に頻している被告会社を倒産せしめる刑であつて甚しく重きに失するものである。

第二、被告会社は、資本金三五〇万円の会社である。

会社の基本の財産は資本金であつて、会社の営業的活動も資本金により左右されるのが通常である。刑が苛酷に過ぐるか否かは会社の資本金に対する割合からも判されなければならない。例えば百億の資本金の会社に対して仮りに原審の量定した罰金が課せられたとした場合それは四百分の一にしか相当しないが被告会社の如く僅か三五〇万円の資本金の会社に対しては三分の二に近い割合となるのである。会社の営業活動の財産的基盤に三分の二に近い範囲の負担が課せられ更に前述の多額の重加算税の制裁を負担したのでは、到底存立することは不可能であり会社の最大の悲劇であり自然人の死刑にも比すべき倒産に陥らざるを得ないことは常識である。斯の如き結果を招来する多額の罰金を課することが刑政の目的に添い得るものであろうか。罰金の額は、被告会社の資本金を充分に斟酌して量定すべきであると思料する。

第三、被告会社の営業は会社を構成する自然人によつて営まれることは論を俟たないがその代表者も重い懲役刑に処せられている己ならず財産的制裁として法人税、事業税、町村民税等に亘つて多額の重加算税の支払を完了しているのである。その財源は会社の営業上の利益では到底補い得ないので代表取締役の個人財産借入金等によつて完納したのであるが会社の資力(営業上の利益を含めて)及代表者役員等の個人的資力も極限に達しこれ以上の財産的負担は会社も個人も負担が不可能の状態に陥入つているもので会社を倒産せざるを得ない現状である。会社の倒産は取引関係者に多大なる損害を及ぼすと共に多数の従業員の生活の本拠を失はしめる悲惨な結果となるのである。刑罰の直接影響するところが甚しく拡範囲となることも刑の量定に充分加味さるべきであると思料する。

第四、被告会社は元来津丸鉄儀の個人経営であつたが取立不能の債権等があつて経営が困難となつたので、昭和三九年三月会社組織としたのである。その際資産負債を会社に引継いだものであるが、取引上の負債を全部会社に引継ぐことは、資本充実が不可能となり会社の設立が困難となる結果、一部の負債を残して、会社の設立をしたものである。幸いに事業が流行に乗り予想外の利益を挙げることになつたので一部分は前記の旧債の支払いの為、会社の利益を秘匿してこれ等の支払に供したものもありこれ等は本来会社が支払うべき性質の負債であつたものである。

ところが被告会社の事業は特殊な事業でないから多数の競争者が現れ激しい競争の中に営業を進めざるを得ない結果となり会社の利益も極度に減少して甚しく営業が困難となり、従業員の賃料の支払にも困難する状況であるから原審の罰金額は到底支払をする能力がない現状である。

叙上の理由につき格別なる御詮議の上原判決を破棄され、僅少の額の罰金の宣告あらんことを懇請する次第である。

昭和四四年七月八日

右弁護人 早川義彦

広島高等裁判所

第一刑事部 御中

別表

更正決定による税額 重加算税

四〇年度分金一一、四八一、〇六〇円也 金二、九六五、八〇〇円也

四一年度分金一三、〇五三、五六〇円也 金三、二三三、四〇〇円也

合計二四、五三四、六二〇円也 合計金六、一九九、二〇〇円也

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